ブログ 巡礼のおはなし

首里が燃えた

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この まことに小さな国の神々は
この世に、変わってゆかぬものは 何もないと言う

シルクロードの中継点となり 栄えることを許し
薩摩の傀儡を許し
明治政府によって琉球王朝が滅亡することも許し
神々が住む場所が 本土決戦の場となることを許し
アメリカ軍の軍用地としての展開を許し
おびただしい屍の上に 人々が住むことを許し

それでも 琉球はあり 神々たちは棲む

そのまことに小さな国に まことの神はいるのかと問われると
神々はそのように答える

あまりにも辛辣で
あまりにも 民意から遠きにおわす神々は

つまり リアリズムの中に 活路を拾い
それを つないでゆかねば ならぬのだと言う

首里が燃えるさまは
それはそれは琉球の人たちにとって
そして、琉球を愛する人たちにとっても
慙愧に絶えぬ

しかしやはり 神々はそれを黙認する

黙認することによって
その様を見る私たちに
リアリズムを見せ
その中でしか生きて行けないのだということを

おそろしく 辛く 鋭く
空想の中で生きる者たちに
嘘に安堵する者たちに
鮮烈なリアリズムとして見せつける

空想はない
変わらぬものは 無い
無くなるものも 無い

それでも人は生まれ
有るということを祈り
築き 燃やし また築き
年老い 病み
死んでゆくことを繰り返す

栄華も 暴挙も 破壊をも許す神々は
だから人は
1秒たりとも リアリズムから目を背けることは
自ら許してはいけないのだと言う

それが沖縄巡礼で学ぶこと
琉球に行き 触れないと 学べないこと

首里の城は 必ずまた
リアリズムの中で生きる人々の手によって
私たちの何世代か後に再建されることだろう

変わらぬものは無いのだから

神々は それも静かに 許してゆく

 


 

 

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