001 神の散華 Pf譜面

001 神の散華 カラオケ

★アレンジへの申し送り
イントロ・間奏・後奏は便宜上作っただけですので
変更編集をお願いします。
MuseScoreファイルは下記よりDW願います
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タイトル: 神の散華  アメノミナカヌシノカミ
(かみのさんげ)

【 1 】

聴かまほし その耳に
(きかまほし そのみみに)

見つめ宜し その眼の
(みつめよろし そのまなこの)

香ぎ覚えよ その鼻へ
(かぎおぼえよ そのはなへ)

触れ馴染む その指で
(ふれなじむ そのゆびで)

思せ 宇宙の 声を
(おぼせ そらの こえを)

風に聴け 岩に問え
(かぜにとえ いわにきけ)

水に浸れ 光に咲け
(みずにふれ ひかりにさけ)

 

愛しわが子に世を任せ
(めぐしわがこに よをまかせ)

永久に 妙へなるを見ゆ
(とわに たえなるをみゆ)

【 2 】

味わひゆかし その舌へ
(あじわいゆかし そのしたへ)

舞ひ覚ゆ その肉体こそ
(まいおぼゆ そのみこそ)

思ひ増され その心は
(おもいまされ そのこころは)

喜び巡らせ その肌で
(よろこびめぐらせ そのはだで)

思せ 宇宙の 声を
(おぼせ そらの こえを)

風に聴け 岩に問え
(かぜにとえ いわにきけ)

水に浸れ 光に咲け
(みずにふれ ひかりにさけ)

 

愛しわが子に世を任せ
(めぐしわがこに よをまかせ)

永久に 妙へなるを見ゆ
(とわに たえなるをみゆ)

 

―― 訳 ――

【 1 】

聴いてみたいと思うその耳があって、
善きものを見ようとする眼をもち
かぐわしきものを覚えている鼻を使い
指先で触れていろんなものを覚えようとしているあなたに

思い出して!宇宙の声を
風に聴き 岩に問い
水に浸って 光のなかで咲いてください

あなたのことを愛おしいわが子として
この世を自由に任せ
永遠にうるわしい世であれと見つめ続けています

【 2 】

懐かしさを味わえる舌をもって
踊りたくなるような衝動を抱いた身体があって
いろんな経験を重ねたいという心を持ち
愛される喜びを知っている肌を持っているあなたに

思い出して!宇宙の声を
風に聴き 岩に問い
潤いを持って 光のなかで咲いてください

あなたのことを愛おしいわが子として
この世を自由に任せ
永遠にうるわしい世であれと見つめ続けています

 

―― 作詞説明 ――

散華(さんげ)とは主に仏教において、神様や仏さまの供養のために、華を撒きその場や人々の身を清める法事を言います。

アメノミナカヌシという天地を創造した造化三神(ぞうかさんしん)の真ん中の神様は、神道においては人格化されず、カタチのない宇宙創成の始まり、つまりビックバンと同じエネルギーとされます。

だからこの神様に願いを傾ける事イコール、自分という命と肉体を信じ、肯定し、願いを傾けるのと同じであると申されます。

法華経では「妙見菩薩(みょうけんぼさつ)」とされ、
法華経という全宇宙を総括している経典の護法本尊とされます。

誰かの代わりに生きて、自分を真ん中にすることすらできないのに、
自分を神格化したり、させられたりしてる人がたくさんいる世の中で、
まず自分の芯を勃たせてほしいと、このご神仏さまはおっしゃいます。

自分自身が神なのではなくて、自分を真ん中にして、上にも下にも前にも後ろも、神仏と常にともにありたいという考え方です。

そうすれば、神仏は「愛おしいこの子に寄り添うことができる!」とお喜びになり、
神仏と人の世は、信仰によって永遠に重なり続けます。

人々の信仰があって「神仏」となり、神仏が座って信仰する人々があるわけで、智慧や経験の乏しい「人」そのものを神にすると、信仰そのものが無くなってしまいますからね。

神仏と人とのかかわりを歌うこの楽曲が存在する意味は、人というのは地球上で唯一、信仰を持つ生き物であるということと、
国民が存在して国となり、国があって国民が愛しあえる世ができる 「君が世」とよく似ています。

聴: 熊野速玉大社 第十三殿
紀州熊野 神倉山 ごとびき岩
久留米 水天宮