お客様の声 ツアー・遠足 ブログ 巡礼のおはなし 講話会レポート

権現(ごんげん)とか 明神(みょうじん)って何よ? 誰よ? で、神様って形はないの?

投稿日:2017年4月5日 更新日:

●左:熊野ふすみのおおかみ神像 ●右:熊野はやたまのおおかみ神像 ●中上:熊野けつみみこのおおかみ神像 ●中下:ちょいと不明ですが、ことさかおのおおかみ様だと思います●各、国宝


巡禮記の先達(せんだつ)は、
日本でも稀にしかいない、権現(ごんげん)や明神(みょうじん)を説明できて、
ご案内できる凡夫先達(ぼんぷせんだつ)です。
10年以上の「巡礼行(じゅんれいぎょう)」を経て、それを会得します。
.
まずね、
ほんの150年ほど前には
日本の神社には、画像のような「ご神像」というものがあったんですよ。
それ、ちょいと記憶しといてください。
.
そして、巡禮記では、
「権現(ごんげん)」とか「明神(みょうじん)」という言葉が
たくさん出てきます。
.
皆さんも各地をお参りしたときに、
頻繁に耳や目にすることがあると思うのですが、
なかなかちゃんと説明してくれる人っていないですよね~
.
だってね、実は、なんと、
明治時代にこの言葉の使用を、
政府によって禁じられてるんです!!
神仏分離令、廃仏毀釈運動(はいぶつきしゃくうんどう)の時ですね。
.
でも、権現とか明神って
ことごとく残ってますよね~
.
なんだろ? 誰だろ?
これ?
.
これらはね、宗教に属する言葉ではなくて
「信仰」つまり、
衆生ひとりひとりが、豊かになりたい!って、
自分のことを考える祈りをするときに
統制されない信仰の先を明らかにしたものなのです。
.
だから、諸外国を侵略しようと軍備を増強して、
平和な仏の教えを封じ込めようとした明治政府には、
権現信仰も、明神信仰もとても邪魔だったんです。
.
天皇を現人神(あらひとがみ)にして
神道で統一しようとしたんですね。
.
でも権現も明神も無くなってないよね。
衆生の信仰が、明治政府という新興宗教に勝ったんですよ~
.
で、本題(前置き長すぎ)。
.
権現も明神も、今から1600年ほど昔の奈良時代の
「本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)」で起こって、
現在まで続いているもので、
.
★ 権現というのはですね、
.
ものすごく崇高な悟りを持ってて、
私たち人間の世界からは、手が届かない
はるか遠くにいる「仏」が、
.
私たちの願いを聴くために、
「神様」の姿になって、近くに現れたことをいいます。
.
お便利よね~~?
.
★ 明神というのはですね~
.
普段は手の届かない神様や仏様が
私たちの願いをすぐ傍で聴くために、
神の姿に「明神」したものでございますです。

「稲荷明神」てのが多く見られますでしょ?
これは伊勢外宮の豊受さまや、猿田彦さま、アメノウズメさま
そして、出雲の神々が、稲荷神として明神したことを言います。

弁財天さまのご眷族神や弁財天そのものが、
龍神として明神してるのも多いですね~
.
おクールだわね~~?
.
う~~ん、もっと簡単に解りやすく言おうかね。
.
★ 権現は、
.
民衆には手の届かない、徳川5代将軍義綱さまが
私たちの声を聴こうと、
「暴れん坊将軍」になった姿!
.
★ 明神は、
.
北町奉行、遠山左衛門が、悪を暴くため、
「遠山の金さん」って町人になった姿でございますのです。はい。
.
これでお判りかと思うのです・・・・が・・・

もう一度言います
権現は、「暴れん坊将軍」
明神は、「遠山の金さん」です!
.
さて、ここからが本日の本題(むっちゃ長すぎ~~~)
.
今ね、どこを探しても、
その姿を表わした「姿」自体が無いじゃん!
.
神様や権現や明神の「姿」はどこに行ったのよ?!
「すがた」見せてほしいよね~~~~!
.
ホンのひと昔、150年前、
日本には、おびただしい数の「ご神像」があったんですよ。
各神社に2~3体はあったらしいです。
.
でも、明治時代の「廃仏毀釈運動」で、
たくさんの仏像と一緒に、ことごとく燃やされてしまったんです。
.
仏像は、護る人がいたので、何とか残ってますが、
神社にあったご神像は、99%燃やされたと聞きます。
.
残っていれば、国宝や重要文化財になるものも
ことごとく灰燼と化しました~~。
今回の画像は、その災禍を免れた1%のうちの一部です。
.
で、実は、
その「ご神像」こそ、権現や明神の姿だったんです。
.
仏像よりも、はるかに
生きて生活している「人」の姿に近いのが
よくわかるでしょ?
.
残っていれば、人が目で見ることができるので、
宗教の枠に縛られることなく、
もっと人々の信仰が自由で活性されていたと思うのですが、
とても残念ですね~~。
信仰の対象が目に見えなくなったから、
第二次世界大戦後(敗戦)で、衆生が日本の国を信じらんなくなった時に
たくさんの新興宗教が興ったんです。
.
でも、いまは神像がなくても、
日本中の聖地には、変わらず明神や権現は存在してます!
見えなくなっただけなんです!
.
その名の存在こそが、
自然構築物や鏡や物品のご神体だけになってしまった神社が、
私たちの願いを受け止めて、
「本地である仏の智慧」をもって、祓い清めをしようという
「ご神気に権現」していることを忘れないようにしましょう~
.
巡禮記の遠足、ツアーてのは、
そいう大切なことを、くわし~~~~く
ご説明しながら先達させていただいてます。
だーれも教えてくれないし、やらないからね。
.
たとえば、そうですね~~~
.
崇高であるだけの「神様」ではなくて、
.
遠山の金さんや、暴れん坊将軍に遭える!
願いをすぐ近くで聞いていただける。
.
全力を尽くして実現したことを
共に悦び、称えあうことができる。
.
そんな神様や仏様との「親密なおつきあい」ができるのが、
巡禮記なのよね~。
覚えといてくださいね~。

.


.

●画像左
熊野 夫須美大神(ふすみのおおかみ)イザナミノミコト 神像(国宝)
本地仏は 千手観音菩薩
●画像右
熊野 速玉大神(はやたまのおおかみ)イザナギノミコト 神像(国宝)
本地仏は 薬師瑠璃光如来
●画像中の上
熊野 家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)スサノオノミコト 神像(国宝)
本地仏は 阿弥陀如来
.
これら三つを合わせて、熊野権現と言いますのです。(熊野三所権現)
どうですか?とっても「人」に近いでしょ?


 

-お客様の声, ツアー・遠足, ブログ, 巡礼のおはなし, 講話会レポート
-, ,

執筆者: